会社の上司のご自慢の別荘に遊びに行ってきました。
僕のような低階級社員にはウンコと見分けがつかないくらいな給料しか支払わないくせに、偉い人には別荘が持てるほどの給料を払ってたのですか、ウチの会社は。
そんな軽いショッキングな発見があったのですが、それよりもショッキングだったのは、この別荘が僕の自宅とご近所さんだったのでして、僕は毎日会社から2
時間以上かけて別荘までリフレッシュしに帰ってきてると言い換えることができる場所に暮らしていることです。
2003年10月アーカイブ
ガンガン書くよ、4日目。
タイといえばムエタイですよ。
格闘技好きの僕としては、ムエタイだけは外せないわけでして。
試合開始前からリングサイド最前列に陣取ってその日のプログラムに目をやった。
『ROUND.8 YAMADA』
なんとなんと、第8試合には山田という日本人が出場するではないか。その日全8試合中のメインイベントは5試合目であるので、山田が出場する8試合目って
のは、競馬で云ったら最終12レースの4歳以上未勝利戦みたいな悲壮感漂う寂しいものではあるが、タイの国技であるムエタイに、我らがジャパニーズの代表
『山田』ですよ。ニッポン、がんばれですよ。がんばれなんですが、わずか2ラウンド目でKOでしたよ。気を失ってましたよ、山田は。やっぱりニッポン。
バンコクから電車で2時間弱のアユタヤ遺跡に行く。ここでの相棒はチャリである。チャリといってもオシャレな僕とは正反対の、日本から粗大ゴミ同然で運ば
れてきた代物であったが、足の皮が剥けている僕にアユタヤ遺跡群を歩いて回るのは不可能だったので贅沢は言ってられない。チンコの皮は剥けてませんけど
こうやって更新をサボっていくうちにどんどんタイの記憶がなくなっていくわけで、うろ覚えながらも2日目。
僕は外国に行くととにかく街を歩く。町並みをじっくりと目に焼き付けたいからだ。今回もバンコクの街をとにかく歩いた。足の皮が剥けるまで。チンコの皮は剥けてません。
で、その日だけでバンコクの主な王宮は制覇したようなしないような。
それでも結構な時間になったものですから、ひとりで酒飲んで、ひとりで食事してたら、その姿を哀れに思ってくれたタイ人女性から声がかかる。モテる男はどこの国に行ってもモテるのですよ。
「おにいさん、マッサージいかがですか?」
足の皮が剥けるまで歩き続けた体を労わるように、僕はマッサージ嬢に体をあずけた。チンコの皮は剥けてませんけど。
(続く)
タイに行ってからもう一ヶ月が過ぎちゃったわけでして。
思い出せる限りで書いてみたいと。
とにかく1日目はですね、夕方の飛行機ということで、日中は会社からガンガン電話がかかってきたのです。それを軽くあしらいながら、夕方の飛行機に飛び乗って、タイに着いたのは夜の10時30分でした。
とにかくその日の寝る場所を確保せぬことには、ということで、カオサン通りの適当な宿へ飛び込みました。
そこには若い日本人の方が多くいらっしゃって、そこへ三十路を過ぎたオッサンが紛れ込んでしまったことで、かなり違和感をおぼえました。おまけに新参者ということで、その日は縮こまって眠りました。
(続く)
そんなわけで、誰にも知らせずにサイトを移転して1週間ほどたちましたが、誰一人として見てくれてないようです。知らせてないので当たり前ですが。
で、この一ヶ月ってのは尋常じゃないくらい忙しかったのですよ。
まず、会社同僚が十二指腸潰瘍で緊急入院。
仕事のしわ寄せが全部僕のところへきたもんで。
さらに、その3日後には、僕は夏休みをとる予定でして、タイに行くことになってたのです。
そこで僕は選択を迫られました。タイに行くか行かないか。
もし行くのなら、残された3日間で夏休みの分までの仕事をこなす。
行かないのなら、その3日間は3日分の仕事だけをすればいい。
これは他人の分の仕事ってことですから、自分の仕事も合わせるとこれの2倍の量をやらなければならぬということでして、人間の能力を考えると、やはり、これは。
で、タイに行きました。逃亡の意味で。
現在、涙で綴る逃亡記を執筆中。おたのしみに。
エイヤー、戻ってきたで。
せっかく自腹きって自前のサーバーをこしらえたんだから、サイトをやめるわけがないでしょ、この僕が。やっぱね、男だったら書かなきゃダメ。掻かなきゃダメ。
でも、アレ、僕は面倒くさがりだから、今度は楽に更新できるようなシステムを導入しました。しましたっていうか、今もやってます。楽をするためだったら、
いくらでも努力は惜しみなく。これが僕の生き方です。楽をするために金曜の夜からほとんど寝てません。
