カテゴリー : Diary

ティッシュ

今月に入って風邪をひいてしまったのですが、今でも体調は完璧といえないどころか、さらに悪化してとうとうダウン。この連休は家で寝込むことにしました。

鼻水が止まらず、枕元には鼻をかんだ後のティッシュが大量に放置してあります。

その中の1枚は妙に漂白剤くさいですけど。

イングリッシュ

会社が中途採用の募集をかけたようでして、次から次へと面接者がやって来ている。採用基準は英語力重視だということだ。

僕への戦力外通告ですか。。。

Anthem / 1992.07.10 日清パワーステーション

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92年のアンセム解散ライブビデオを入手。レアなもので定価の二倍以上すますた。宝物です。

このラインナップでのライブそのものが少なかったんですよね。東名阪で数回のギグの後、今は亡き新宿日清パワーステーションでのラストライブ。ギターは若干20歳の無名の新人・清水昭男だったよなぁ。僕も同じくらいの年齢だったわけで。

Bound to Break から Hunting Time への流れは何度観ても鳥肌が立つし、ラストのWild Anthemに入る前の森川の叫びには何度観ても涙が出る。

再結成後のライブは2度ほど観たが、当時は緊張感が今とは比べ物にならないくらい張り詰めていた。現在の坂本英三には申し訳ないが、やっぱりアンセムは硬派な正統派メタルなのですよ。鬼気迫るライブじゃなくちゃならんのです。そこらへんが森川とアニメタル坂本との違いなんじゃなかろうか。

僕はこのラインナップで出した”Domestic Booty”が今でもアンセム史上最高のアルバムだと思ってるんですけど、当時はヘビーメタルというジャンル自体が衰退していた背景もあって、このアルバムも、清水昭男も非難の対象になってたっけ。でも、今一度このビデオを観てみると、なぜ非難されなければならないのかというほどのプレイをしている。決して福田洋也にも劣っていないどころか、テクニックに関していえば優っているのではないか。

残念なのは、福田、清水時代のライブ映像はあるのだが、中間英明時代の映像が一つも無いってことだ。あれだけ精力的に年間100本単位でライブを行ってきた、森川・柴田・中間・大内時代。自他共に認めるアンセム最強時代であったこの時代の音源が何一つ残っておらず、非常に短命に終わった清水時代が映像として残っているのは何たる皮肉か。

「たら・れば」は良くないが、もし、中間が交通事故に遭っていなかったら、もし、あの時期に湾岸戦争が起こっていなければ、このラインナップでの”Domestic Booty”が聴けたのかもしれない。そうしたら、このビデオは存在していたのだろうか。

[ANTHEM LAST LIVE] 1992.07.10

NISSIN POWER STATION

1.SHOUT IT OUT!
2.VENOM STRIKE
3.RENEGADE
4.GYPSY WAYS
5.EVIL TOUCH
6.NIGHT AFTER NIGHT
7.BLINDED PAIN
8.WILLESDEN HIGH-ROA~B.solo
9.TEARS FOR THE LOVERS
10.LOVE IN VAIN~Dr.solo
11.HEADSTRONG
12.DO YOU UNDERSTAND?
13.SHADOW WALK
14.BOUND TO BREAK
15.HUNTING TIME
16.TIGHTROPE DANCER
17.CRYIN’ HEART
18.WARNING ACTION
19.SHOW MUST GO ON!
20.WILD ANTHEM

別荘

会社の上司のご自慢の別荘に遊びに行ってきました。

僕のような低階級社員にはウンコと見分けがつかないくらいな給料しか支払わないくせに、偉い人には別荘が持てるほどの給料を払ってたのですか、ウチの会社は。

そんな軽いショッキングな発見があったのですが、それよりもショッキングだったのは、この別荘が僕の自宅とご近所さんだったのでして、僕は毎日会社から2時間以上かけて別荘までリフレッシュしに帰ってきてると言い換えることができる場所に暮らしていることです。

タイ 4日目

ガンガン書くよ、4日目。

タイといえばムエタイですよ。

格闘技好きの僕としては、ムエタイだけは外せないわけでして。

試合開始前からリングサイド最前列に陣取ってその日のプログラムに目をやった。

『ROUND.8 YAMADA』

なんとなんと、第8試合には山田という日本人が出場するではないか。その日全8試合中のメインイベントは5試合目であるので、山田が出場する8試合目ってのは、競馬で云ったら最終12レースの4歳以上未勝利戦みたいな悲壮感漂う寂しいものではあるが、タイの国技であるムエタイに、我らがジャパニーズの代表『山田』ですよ。ニッポン、がんばれですよ。がんばれなんですが、わずか2ラウンド目でKOでしたよ。気を失ってましたよ、山田は。やっぱりニッポン。

タイ 3日目

ついでですから3日目。

バンコクから電車で2時間弱のアユタヤ遺跡に行く。ここでの相棒はチャリである。チャリといってもオシャレな僕とは正反対の、日本から粗大ゴミ同然で運ばれてきた代物であったが、足の皮が剥けている僕にアユタヤ遺跡群を歩いて回るのは不可能だったので贅沢は言ってられない。チンコの皮は剥けてませんけど

タイ 2日目

こうやって更新をサボっていくうちにどんどんタイの記憶がなくなっていくわけで、うろ覚えながらも2日目。

僕は外国に行くととにかく街を歩く。町並みをじっくりと目に焼き付けたいからだ。今回もバンコクの街をとにかく歩いた。足の皮が剥けるまで。チンコの皮は剥けてません。

で、その日だけでバンコクの主な王宮は制覇したようなしないような。

それでも結構な時間になったものですから、ひとりで酒飲んで、ひとりで食事してたら、その姿を哀れに思ってくれたタイ人女性から声がかかる。モテる男はどこの国に行ってもモテるのですよ。

「おにいさん、マッサージいかがですか?」

足の皮が剥けるまで歩き続けた体を労わるように、僕はマッサージ嬢に体をあずけた。チンコの皮は剥けてませんけど。

(続く)

タイ 1日目

タイに行ってからもう一ヶ月が過ぎちゃったわけでして。

思い出せる限りで書いてみたいと。

とにかく1日目はですね、夕方の飛行機ということで、日中は会社からガンガン電話がかかってきたのです。それを軽くあしらいながら、夕方の飛行機に飛び乗って、タイに着いたのは夜の10時30分でした。

とにかくその日の寝る場所を確保せぬことには、ということで、カオサン通りの適当な宿へ飛び込みました。

そこには若い日本人の方が多くいらっしゃって、そこへ三十路を過ぎたオッサンが紛れ込んでしまったことで、かなり違和感をおぼえました。おまけに新参者ということで、その日は縮こまって眠りました。

(続く)

孤独

そんなわけで、誰にも知らせずにサイトを移転して1週間ほどたちましたが、誰一人として見てくれてないようです。知らせてないので当たり前ですが。

食欲の秋に健康診断をやるのは良くないと思います。さらに増加傾向へ。