<<ノラネコ>>
小麦色のからだをむずむずと動かして、ぼくは公園のベンチの上で目覚めた。
ぼくの名前はドラ。自問自答をする癖があるノラ猫。
「どうして朝になるとちゃんと目覚めるんだろう?」
「それは、ぼくには節度ってものがあるからなんだよ。」
「どうして自分は公園が好きなんだろう?」
「それは、ぼくは文化的な存在だからなんだよ。」
初夏の季節は大好きだ。
湿気が不思議と気持ちをワクワクさせる。
静かな朝が大好きだ。
丘の上の公園には、人も少ない。
酷い目に遭うこともない。
カラスもほとんど来ないから、ご飯の邪魔もされないし。
だから、ぼくはここに住んでいる。
誰なのだろうか、いつからなのだろうか。
朝も昼も夜も、ちゃんとご飯を置いていってくれる人がいる。
ぼくはしっぽを、フンフン、と振りまわした。
「そうとも、ぼくの生活は、とっても人間的なんだ。」
「ガッハッハッハッ、バーカ、人間を気取るんじゃないよ、ノラ猫野郎!」
突然、背後から声がした。
さっと振り返ってみると、黒猫のベルがいつのまにか背後に立っていた。
大きな鈴の首輪をつけ、イヤミな目つき。
ぼくはちょっと顔をしかめつつも、平然を装って言った。
「なんだ、ベルかぁ。」
「なんだ、じゃないだろ、また気取ってたな。生意気な奴だな。」
「なにぃ。」
ぼくは声を荒げた。
「ほーらほらほら、ムキになっちゃって、ノラの猫!」
「おまえだってノラじゃないか!!」
「ガハハハ」、とベルは笑い飛ばした。
「俺は飼い猫になったの。この鈴を見てくれ。それを言いたかったんだよーん。あー、すっきりした。」
(チェッ、イヤミな野郎だ。)
ぼくはちょっと歯軋りしてみた。
「おい、ドラ、俺の話を聞いてくれよ。」
「しつこいなー、家に帰れ!」
「まあそうイヤな顔すんなって。なあ、ドラ、飼い猫になってみたくないか?」
「えっ?」
ぼくはきょとんとした顔をして、ベルを見つめた。
ベルは、首の鈴をこれ見よがしに揺すっていた。
「飼い猫になる気はないか?」
(どういうつもりだ、ベル・・・)
ぼくは黙って顔をそむけてみたが、目だけはそっとベルを盗み見ていた。
「そっか、やっぱりお前じゃ無理か・・・」
「どうして無理だってわかる?」
ぼくは思わず大声をあげた。
ベルはニヤリとした。
「お、やる気見せるじゃんかー。ノラにしちゃー気骨があるな。」
「ノラ、ノラって言うなー! ぼくだって、ちゃんと愛されて生まれてきたんだぞっ!」
「だけど、おまえは人間の文明のことを何一つ理解してないじゃないか。」
そう言ってベルは前足で砂をぼくにひっかけてきた。
「この野郎!!」
ぼくはベルをひっかいてやりたかったが、”飼い猫になれる”、というベルの言葉に縛られ、体が動かなかった。
ぼくは思いきり虚勢をはって、静かに言った。
「飼い猫になるってのも、悪くないかもしれないがね、ぼくにはぼくの誇りがある。」
「クックククク」、とベルは冷笑していた。
「でも、飼い猫に興味が無いわけじゃない。正直に聞きたい。どうすれば飼い猫になれるのか。」
「ぶっはははははは」、とベルはバカ笑いした。
「おまえは惨めな奴だな。誇り?、正直に?。まあいいだろう、教えてやる。いいか、飼い猫になるためには、まずおまえのカスみたいなプライドを否定することから始めなきゃならん。ノラ猫と人間世界のあまりにも遠大な格差ってやつを、一気に克服することが重要なんだ。」
ぼくは頭の中を真っ赤にしながら、懸命に胸を張ってみた。
「どうすりゃいいんだ?、べル。」
「ふん、よーし、教えてやろう。いいか、飼い猫になるためにはな・・・・」
ぼくはベルの言葉に、聞き耳をピーンと立てていた。
ベルは、そっけなく言った。
「・・・人間世界に俺たち猫が近づくための条件、それは、勇気だ。」
「勇気・・・?」
ぼくは小首をかしげた。
朝日が林の上まで昇り、ベルの黒い体をテカテカと照らした。
「勇気さ。おまえには勇気があるか?」
「あるとも!(少なくとも、おまえなんかより)」
ぼくはベルをまっすぐ見据えた。
「ふふふ、その言葉よかろう。じゃあ、あの林の向こうの国道を渡ることが出来るかな?」
「うっ!」
ぼくはドキリとした。
昼夜を問わずトラックや乗用車が走っている、あの国道を渡るとは・・・
ベルは鼻でひっかけたようにぼくを見下した。
「俺なら出来るさ。俺なら横断することが出来るのさ。何故だと思う? 俺は人間の勇気を持っているからだ。人間のこころを知っているからだ。」
「人間のこころ?」
「おまえはあわれな奴だ。もしかしたら死ぬまでノラで終わるかもしれない。だが、国道横断を見事やってのけたら、おまえは立派な人間の仲間だ。」
「人間の仲間、ボクが・・・」
ベルは静かに頷いた。
ぼくが立ちすくんでいる間に、ベルはすすすっと公園を後にし、住宅街の方に立ち去ってしまった。
「よし、やってみるか。」
ぼくはベルの姿が見えなくなったのを確認してから、林の向こうの国道へと歩いていった。
「ひゃー、怖いよう。これならノラ犬に追いかけられたほうがまだマシだ。」
距離は約50メートル。乗用車やトラックの往来は激しい。あんな鉄の塊に轢かれたら木っ端微塵だ。
ところが、こんな怖気ついた時に、いつもの自問自答の癖が出てしまった。
「おまえは人間の仲間になりたくないのか?」
「おまえは鈴の首輪をつけたくないのか?」
「おう、人間の仲間になりたいさ。鈴をチャリチャリ鳴らしたいさ。」
「そりゃー!」
ぼくは勇気を振り絞り道路に飛び出した。速度の速い車はあっという間にぼくの目前に迫る。
「うわぁぁぁぁー!」
タイヤを鳴らして車は急ブレーキをかけ、間一髪のところで難を逃れた。ゴールまで25メートル。
「ハァハァ、あそこだ、あそこに行けば人間の世界が待ってるんだ。」
走った。とにかくぼくは無我夢中に走った。あと15メートル。
走った。あと10メートル。
走った。あと5メートル・・・
初めて足を踏み入れた人間世界。想像していた世界とは大きく違い、殺伐としている。
「なんなんだよ、なんか怖いよ・・・」
人間世界で最初にぼくを待ちうけていたのは、なんとあのイヤミな黒猫、ベルであった。
「ベル、国道横断できたぞ。」
「ベル、人間の世界ってこんなもんなのか?」
「ベル、聞いてんのか、おい?」
ベルの様子が少しおかしい。
「ベル、どうしたんだ、返事してくれ!」
「ベル!」
「ベル!」
「ベルーーーー!!」
黒猫マークの宅急便が出発していきました。(ゴメン、ホントゴメン。。。)
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