<<ブラッククリスマス>>
=序=
21世紀最初のX'masに街はうかれていた。
若い男女は体を寄せて愛を確かめ合い、小さな子供は両親の温かい愛情に包まれ、誰もが笑顔を絶やさなかった。
これから起こりうる悪夢など誰も知る由も無い。
白い雪が戦慄の赤に染まることなど誰も・・・
=1=
幸田幸治は今年の12月で20歳を迎えた。
大学を現役で合格したが、2〜3度しか顔を出さず、日々、街をふらふらとさまよっていた。
世間は不況だというのに、この日ばかりは12月最大のイベントだけあって、盛り上がりをみせていた。
「こんちくしょう。どいつもこいつもアベックばかりじゃねーか。」
幸治は駅周辺の繁華街を頼りない足取りで歩くと、目の前にさびれたアンティークショップを見つけた。
「ん?こんなところにこんな店があったか?」
幸治は不安ながらもその店に入っていった。
「いらっしゃい。」
雑然とした店の奥からしゃがれた老人の声がする。
店にはレコード機器や日本の鎧、でかい招き猫などがあちこちに並んでいた。
変わった店だと思いながら、幸治はふと黒い厚手の画用紙を手に取った。
クリスマスカードのようであった。
『愛する君へ
ずっと忘れないよ Merry X’mas』
黒い紙に毒々しい赤い字で書かれた文字に幸治は慄然とした。
そして、カードの裏には、ワンポイントのように描かれたイラスト。
黒いサンタクロースだった。
気持ちの悪いクリスマスカードだったし。ブラックジョークにも度が過ぎるのだが、幸治はそのクリスマスカードが妙に気になった。
昔観た映画で、ハロウィンのお化けがクリスマスに憧れるというストーリーがあった。
その黒いサンタクロースの容姿が、まるでそのお化けを思い出させる。
このクリスマスカードは、そのお化けが、憧れのクリスマスを楽しむことができたお礼にと、本物のサンタ宛に出したものかもしれない。
そう考えると気味悪かった真っ赤なメッセージも、心のこもったメッセージのように見えてくるのだった。
しばらくその真っ黒なクリスマスカードを眺めていた幸治だったが、ふと顔をあげると、いかつい頑丈そうな鎧甲の頭の上に、さっきまではなかった黒い帽子がのっていたのだった。気がつくと店内には「ジングルベル」がかかっている。
幸治は似合わない帽子をかぶった鎧甲に真っ黒なクリスマスカードを持たせてやると老人が声を掛けてきた。
「メリークリスマス」
=2=
「どうしてこのカードは黒いのですか?」
幸治は老人にそう訊ねた。
「なーに、ホンの悪いジョークだよ。」
「もらってもいいですか?」
「あぁ。」
幸治は黒いクリスマスカードを手に持ち、店を出た。
知らぬ間に外は雪がチラリと舞っていた。恋人達には最高のシチュエーションだ。
恋人がいない幸治は寂しさを紛らわすため、近くのバーに飛びこんだ。
「いらっしゃい」
店の中は薄暗い。幸治は一人カウンターに座った。
幸治はまだ20歳になったばかりで、あまり酒を知らない。
勢いでバーに飛びこんでしまったが、どうやって注文してよいのかわからず、キョロキョロしていると、バーのマスターから声をかけてくれた。
「こういう所は初めてですか?」
「はい、実は・・・」
「不思議なカードをお持ちですね。」
「向かいのアンティークショップで貰ったんですよ。」
「あぁ、そうなんですか・・・」
すると、マスターは一杯のカクテルを差し出してくれ、幸治は一気に飲み干した。
「おいしいですね。これは何というお酒ですか?」
「ブラッククリスマス」
「えっ?」
幸治の意識が少しずつ遠のいていった。
=3=
眩しい光で目を覚ました。どれくらい意識を失っていたのだろうか。周囲を見渡すと、そこは見慣れぬ倉庫だった。
「あれ? 俺はバーにいたはずじゃ・・・」
「お目覚めのようですな。」
そこに現れたのは黒い衣装を身にまとったサンタクロースだった。
「あっ。お化け。」
「メリークリスマス。地獄にもクリスマスを祝う習慣はあるんだが、知ってるか?」
「なんだって? ここは地獄なのか?」
「そうだ。」
「どうして? 俺はまだ死んでない。」
「そうだ。お前はまだ死んでいない。しかし、不幸にもブラッククリスマスカードを手にしてしまった以上、地獄の世界でクリスマスを祝わなければならんのじゃ。」
「冗談じゃない。こんなカードいらねーよ。元の世界に戻してくれ。」
「なーに、今日一日の辛抱だ。明日になれば元の世界に戻っている。今日一日を無事に過ごせればだがな・・・」
「な、なんだっていうんだよ。」
「今日一日、お前に仕事をやってもらう。これを着ろ。」
そう言ってサンタは幸治に黒い衣装を与えた。
「いいか、これを着て地獄の世界の子供達にプレゼントを配る。ただそれだけだ。」
「ホントにそれだけでいいのか?」
「ただし、ここは地獄の世界だからな。それだけは忘れるな。」
「どういうことだ?」
「いいか、地獄に落ちる奴ってのは、どういう奴か考えてみろ。まともな奴じゃない。ワシはこの世界で20年、どうにかプレゼントを配り続けてきたが、どうも今年は腰の調子が悪い。奴等とまともに戦える身体じゃないんだ。」
「戦うってなんだ?」
「無茶な行動は慎めってことだ。それでは健闘を祈る。いいか、今日中に全部配るんだぞ。」
そう言うと、サンタは腰を摩りながら、ヨタヨタと歩いて消えていった。
=4=
「なんで俺がこんなことしなきゃなんねーんだよ。」
ブツブツ呟きながら、幸治はプレゼントの入った袋を担ぎ、倉庫の外へと出た。
外にはソリが一台。しかし、ソリを引っ張るトナカイの姿はなく、飢えた狼の群れがあった。
今にも飛びついてきそうな形相で、幸治を睨んでいる。
「俺はお前等のご主人様だ。言うことを聞いてくれ。」
そう言ってソリに飛び乗り、軽くムチを叩くと、狼は荒れ狂うように走り出した。
一軒目は田中というガキだ。
やはり地獄の世界でも煙突のある家は今時あるはずがない。鍵をぶっ壊してどうにか侵入した。
寝静まる田中のガキの枕元にそーっとプレゼントを置こうとしたその瞬間、
「おせーぞ、サンタ。早くプレゼントよこせ。」
ガキはプレゼントをひったくり、包みを開けた。
「おぉ、これが欲しかったんだよ。これでカツアゲも簡単になるぜ。ありがとな。」
サバイバルナイフを手にしたガキは、夜の街へと消えていった。
「ふー、なんなんだよ。おっそろしいな・・・」
二軒目は斎藤というガキだ。
玄関が開いている。足音を立てずに寝室へと向かうその瞬間、
「金魚が空を飛んでるんだよ、ウヘヘヘヘ〜」
違う意味で危険そうだったので、恐る恐るそいつにプレゼントを渡すと、それはシンナーだった。
「俺は無敵だ、ジンジャーエール〜〜〜〜」
もう、まったくわけがわからない。
三軒目は鈴木。今度は女の子だ。
枕元に靴下がぶら下がっている。大きめのプレゼントが欲しいのだろうか、ルーズソックスだ。
「なんだ、地獄にもまともなのがいるじゃんか。」
少し安心したその瞬間、
「超ヒマしてんだけどー、私とやらない?ってかんじ〜〜〜。つーか、5万円なんだけどー」
「い、いや、結構です。。。」
逃げるように、プレゼントの5万円を渡し、飛び出した。
=5=
住宅街に住むガキにはどうにかプレゼントを渡し終え、次はスラム街へと向かう。
危険なオーラがひしひしと身を伝わる。
「はぁー、ここからが本当の地獄だな・・・」
そして、足を踏み入れる。
一歩、また一歩。自分の心臓の鼓動がよく聞き取れる。
背後に人影を感じた。振り向こうとしたその瞬間、ギャングが羽交い締めにしてきた。
「おい、何やってんだよ。ここはお前みたいのがくるところじゃねーんだよ。」
「あ、あの、プレゼントを配りに。サンタです。メリークリスマスです。」
「はっ?、なんだこいつ。持ってる物全部出せや!」
「は、はい!!」
幸治は袋に入っている物を全部出した。
中には、スタンガン、拳銃、マシンガン、日本刀、等々。
「ウッホー、こりゃいいぜ。これは全部俺さまの物だ。」
「い、いえ、一人一個じゃないと、全家庭に配れなくなってしまい、わ、わたしが、元の世界に戻れなく・・・」
「あー?、なにゴチャゴチャ言ってんだ、ゴルァ!!」
「お、お願いです。どれか一つにしてくれませんか?」
「うるせー!」
幸治は天を仰いだ。もう元の世界に戻れないのか。あんなカードを手にしたばかりに・・・
「俺の人生ってなんだったのだろうか? いや、俺はまだ死んでないのに。これがホントの生き地獄だ。」
スラムのギャングはこれらの武器を鼻歌まじりでいじっていた。
その瞬間、幸治は一瞬で閃き、一瞬で行動を起こした。
「それっ!!」
ギャングの隙をつき、幸治は一丁の拳銃を拾い上げた。
「動くな。動いたら撃つぞ。いいか、プレゼントはどれか一つにしろ。」
「わ、わかった。じゃあ、マシンガンにするよ。」
「よし、じゃあ、マシンガン以外は袋にしまえ。」
「はい。」
ギャングはおとなしく袋にしまった。その瞬間、
「ばーか。お前の拳銃で、俺のマシンガンに太刀打ちできると思ってんのかよ。」
「うっ・・・」
息をつく間もなく、幸治の拳銃より先に、マシンガンから弾は発射された。
路上に倒れた幸治の身体の上に雪が降り積もる。
わずかに残る力を振り絞って、幸治は声を発した。
「メ、メリー、クリスマ・・・・ス。」
暗闇の中に映える、真っ赤に染まった雪。そう、これがブラッククリスマス。
=6=
どこか遠くで人の声が聞こえる。
幻聴か? それとも本当の地獄への誘いの言葉か。
「お客さん、起きてください。そろそろ、閉店なんですが。」
「えっ? あぁ、夢か、夢だったのか・・・」
「6万5千円になります。」
「えっ? だって、お酒一杯と、おつまみしか・・・」
「払えないんだったら、ちょっと、事務所にいきましょうか。」
「こっ、ここって、ぼったくりバーだったのか・・・」
本当の悪夢はこれから始まったのだった。