<<明日なき妄想の果てに>> 

 

 

25歳、大卒、無職。

それが「オレ」の肩書きである。

 

夕方に就職の面接を控えているというのにオレはベットで寝込んでいた。

風邪をひいたらしい。体力も無い。もちろん看病してくれる彼女もいない。

「オレの人生ってなんだったのだろうか?」そんな感傷的な気分にも浸りたくなる。

高熱にうなされながら、元気いっぱいに走り回っていた少年時代のことを思い出した。

子供の頃は小説家になりたかった。山や川で遊んだ。魚をつかまえ、探検ゴッコをし、遊び疲れたら足首を川の流れにつけて空想にふけった。

「なに、考えてんの?」と幼なじみの純ちゃん。

「ナイショ。」

「一休みしたらまたあそぼ」

「うん」

とにかく1日が楽しかった。

空想をつたない文章で小説や漫画にして遊んでいたが、それも成長とともに自分の才能の底を知る。

もう書けない・・・

今ではごくごく普通の妄想好きな無職である、いや、普通とはいわないか・・・

 

 

ピピピ・・・体温計のアラーム。

相変わらず熱にうなされる25歳のオレ。

腹が減ったが、起きあがろうにも熱で関節が痛んで、コンビニも遥か彼方に感じていた。

ノソノソと体温計を取りだし、数値をのぞく。

40・4℃の数字を見てくらくらと眩暈に襲われた。

もうだめかも。

意識を失いかける頭に情景が浮かぶ・・・

 

 

辺りは一面の氷。そう、ここは南極。

列をなして行進するペンギン。その先頭の一羽がオレに氷の入ったビニール袋を運んでくる。

さあ、どうぞ、と手渡そうとしたとき、一頭のアザラシが間に割り込んでくる。

「よう、報われぬ青年よ」

その声と共に南極の妄想から、現実のアパートへ引き戻された。

そこへ突然、オレの部屋に一頭のアザラシが現れた。

散らかった1DKのアパートに丸々と太ったアザラシ。

それはとてもサイケでシュールな光景である。

「な、な、なんだよ!?」

「ワシは、おぬしら人間がいうところの「神様」というような存在じゃ」

「あんたが神様!?」

「物語や宗教の影響でじいさんに見えることが多いらしいけどのう、お主にはどう映っておる。やはり枯れたじじいかの?」

「アザラシだよ・・・」

「そういわれたのは初めてじゃな」

「なあ、あんたもオレの妄想なのか?」

「ふぉふぉふぉっ、そう思うもよし、信じるもよしじゃ。それはさておき、お主にプレゼントを持ってきたぞ。」

あざらしな神様は、両方のヒレで器用に皿を持ちあげた。

神様が差し出した金色の皿にはいくつものタネが転がっている。

「これらは、才能のタネと言ってな・・・」

ドクドクしい赤黒いタネ、クルミ大の巨大なモノ、見覚えのあるアーモンド。色、形はさまざまである。

「あー、だいたいわかったよ、コレを食べると才能が身につくっていうんだろ。」 

「お、おいこりゃ、待て、早まるな!」

腹の減ってたオレは、アーモンドをポリポリと噛み砕き、ごくっと飲みこんでからようやく口を開いた。

「なんだっていうんだよ? プレゼントって言わなかったか。」

「一人一個までなんじゃ。それ以上は体が受け付けぬ、お約束じゃろう」

「お約束と言われても・・・」

「なんたることじゃ、オーマイッガー!!」

「なんだよ、そんな変なもん選んじまったのか?」

「それは妄想の才能のタネじゃ」

「妄想の才能だって?」

「ぐはっー、いらないよ、そんな才能・・・」

落胆するオレ。

 

(ん?でも妄想の才能か・・・)

オレは何かに気づいたように、口元に手をあてて思索する。

(もしかして、考えようによってはすごいことじゃないか?

オレは妄想の赴くままに文章を書き綴った。

少年の頃にように・・・


就職先も無事に決まり、その会社で知り合った彼女に小説を見せるのだった。

「うわー、おもしろい!」

「そうかー?」

「うん、ねえ、これ何とか賞っていうのに応募してみたら?」

「郵送代の無駄だよ、」

「そうかなー、もったいないな・・・」

 

 

半年後オレは電車内の文芸夏冬の広告に目がくぎ付けとなる。

○○賞受賞!!の文字にはオレの名前があった。

「同姓同名か・・・、皮肉なもんだな」 苦笑するオレ。

タイトルに目を移すと、オレの作品とは別なものであった。

一瞬でも自分が受賞したと勘違いしたかとを思うと恥ずかしくて胸がしめつけられた。

帰宅すると、パンパンパンとクラッカーが盛大にオレを出迎える。

部屋はきれいに片付けられ、テーブルの上には手作りのごちそうが湯気をたてて並んでいた。

「おめでとう!!」

「やめてくれよ、あれは人違いだって。オレは投稿した覚えなんか・・・」

クラッカーからはなたれた紙くずを払いながら肩を落とす。

「ふふ、私が勝手に投稿したの、ごめんね。」

「えっ、でもタイトルが違うじゃないか。オレをからかってるんだろ。」

「もう、疑いぶかいなあ。タイトルだけ編集者の方と相談して変えさせてもらったの。」

「うわぁー、ありがとう!」

彼女を抱きしめるオレは目頭が熱くなり涙があふれた。

「私は何もしてないよ、全部あなたの才能よ。」

そう答える彼女の目もわずかに潤んでいた。

 

そして後日、オレは彼女と受賞会場へ行き、賞状と花束を手にする。

盛大な拍手があたかもオレたち二人の結婚を祝福してくれているようでもあった。

 

「お楽しみ中、悪いがのー、その展開はありえぬ。」

「えっ、なんでアザラシがここに?」

我に返った。場所は相変わらず散らかったアパートだ。

「残念ながら文章能力は変わらんぞ。妄想の才能とはあくまで妄想を楽しむ能力なのじゃ。」

「今の生活と何が違うんだよ。」

「心持ちパワーアップしたとでも思ってくれ。それじゃ、さらば!!」

「逃げんな!!」

そう言い残し神様は消えていった。

 

その時突然ドアが開く。一人の女性が買い物袋を片手に入ってくる。

「あ、起きてた?」

「えっ?」

「今、何か作るからね。」

そういうと台所にたち、あたりまえのように食事の支度をはじめた。

それは長い付き合いの幼なじみのように自然な仕草だった。

「食事の前に体を拭かなきゃね。」

そう言うと、彼女は洗面器にお湯を張りオレの枕元で、タオルをしぼる。

パジャマのボタンをはずし汗ばんだ体を拭く。そして、ズボンへと手をかけた。

「ま、待てって・・・」

「何ハズがしがってるの? 汗かいたんだから足も拭かなきゃ気持ち悪いでしょ。」

ズボンをひきずり下ろした。

「あっ・・・」

彼女の視線は堅くなったモノに注がれた。彼女のほほが赤くなる。

「やっぱり、自分で拭く?」

彼女はそう言って背を向けるが、オレは胸の高鳴りを抑えきれず彼女を抱きしめようとした。

しかし、その瞬間、3D映像のように彼女の体が半透明になり、オレの腕は虚しくクロスする。

(いいところだったのに・・・)

 

そのとき、目前で小さな音がして、ほんのり白く輝く紙がひらひらと舞い降りる。

 

『 妄想のタネ 取り扱い説明書  』
〜報われない貴方へ ひとときの夢をプレゼント〜

この商品は努力しても実ることのない方の救済用として作られました。
不幸に比例して妄想能力が開花します。

・ リストラされた帰り道にヘッドハンティングのまぼろしを、
・ 彼女・彼氏に振られた夜に素敵な恋人との夢を、
・ 重病の病に伏せる床で、恋人がやさしく看病してくれる夢を

 

そして、例の神様が書き足したと思われる字でこう書かれている。

 

ー追伸ー

青年よ! 妄想の続きを見ようと思って、水風呂につかったりしないようにな。

商品の性質上、 自ら不幸を招いても、夢はみれぬよ。このへんもお約束というわけじゃ。

「なんなんだよー!!」

 

 

体温計をはさみ、しばらく待ってから、数値を見る。

36.7℃だ。一眠りして、熱が下がったらしい。それで、妄想も消えたというわけだ。

 

ため息をついて、時計を見ると、5時である。面接の時間に間に合う時間だ。

「しょうがない、行くか・・・」

自分の頬をぺチぺチとたたいて強引に目を覚ました。

 

 

 

面接の結果はいつもどおり玉砕であった。

しかし、今では不採用も苦ではない。静かに目を閉じると妄想の別世界が広がってくるのだ。

不採用通知を目当てにオレは活発に就職活動をすることにした。

ハローワークに足をのばし、せっせと履歴書を書いて会社の面接に赴き、落ちまくった。

 

不採用のうさを晴らしにバッティングセンターでバットを振っていると、

「いいセンスしてるねえ〜」と長嶋監督に声をかけられた。

カラオケで熱唱していると、

「いいセンスしてるよ、モー娘。に入らない?」とつんくに肩をたたかれた。

「こんなものが履歴書と言えるか、出てけ!!」 

面接官に履歴書を突っ返された日は、妄想の出血大サービス。

オレは某国の王子でヒロインの彼女とともに東京中をアクション満載に駆けまわった。

 

タネのもたらす妄想はオレ自身にも予想できない。

ぶっ飛んだ内容であるのにやたら質感に富み、非常にリアルなものであった。

 

 

そんな素晴らしい日々も、ある一声で終わりを告げる。

人事部長 : 「月曜日から来れるかな?」

「えっ・・・?」

一瞬耳を疑った。

人事部長 : 「住民票と印鑑を忘れないように。」

 

面接の結果は「採用」だった。

 

 

「オーマイッガー」

 

 

<<終わり>>

<<テキストページへもどる>>