創作日記

<<小さなため息>>  



8時57分。
始業まであと3分。

病人のような青い顔をしてノソノソと会社にやってくる滝。
今年で29歳になるがまだ独身。冴えない会社員。
目が真っ赤に充血し腫れている。
また夜通しネット三昧だったのだろうか。
それとも、居酒屋ーフィリピンパブというお決まりコースだったのだろうか。

まずは給湯室でコーヒーをいれる。
苦いコーヒーをガブリと一口。
タバコを一服。健康のことを考え、最近1mgのタバコに変えた。
そして会社に届けられる日本経済新聞を読む。
スポーツ面と社会面しか読まないのはお約束である。



9時15分。

パソコンの電源を入れる。まずはメールチェック。
新着メールが一通、また一通、次々と受信される。
「仕事」、「仕事」、「広告」、「まぐまぐ」、「広告」、「まぐまぐ」、「まぐまぐ」。ろくでもないメールばかり。

「フゥー」 

小さなため息をつく。

滝はHPを運営している。金儲けをしようと企んで始めたのだが、現実は甘くはない。
メインコンテンツは日記だ。
滝は、昨日書いた日記に自信があった。
ところが、今朝もう一度読み返すと、下品ネタでごまかしてるのが見え見えでつまらない。
どうしてこんなものをアップしてしまったのだろうかと、うなだれる。

「フゥー」

小さなため息をつく。

掲示板を開く。
今日も書き込みがない。
滝自身も理由はわかっている。サイト上の滝には常人では絡みにくいのだ。素の滝にも絡みにくいが。。。

「フゥー」

滝が自信を持って設置したもう一つの掲示板も開くが、見るだけ無駄だった。

「フゥー」

小さなため息をつく。



9時30分。

電話が鳴る。
「もしもし」
「よしっ、今日は来てるな。」(ガチャン)
名前も名乗らず、一言だけ言い放たられて切られてしまったが、それは上司からの探りの電話であるのは声でわかった。
滝は信用されていない。
それもそのはず、滝は独りきりで働いてるのをいいことに、遅刻、早退はもちろん、無断で休んでしまうこともしょっちゅうだ。

「フゥー」

小さなため息をつき、受話器を置いた。

「さて、今日もやるか。」
やるというのはもちろん仕事ではない。日記を書くことである。



9時40分。

滝がこよなく愛するサイトを一通り巡る。
「どうして彼らはこんなに面白い文章が書けるのだろうか・・・」
すっかり自信喪失である。
滝は毎朝この時間になると考えるのだ。自サイトの閉鎖の挨拶を。

「フゥー」

心持ち大きめなため息をつく。



10時30分。

サイト巡りはまだまだ続く。
その合間に仕事をするスタイルだ。
そこでまた電話が鳴る。
「もしもし」
「佐久間です。」
また上司からである。
「おい、今、経理から叱られたんだが、お前んとこのプロバイダー使用料が毎月急激に増えてるようなんだが・・・」
「し、し、知りません。。。ね、ね、値上げでもしたんじゃないんですか。」
慌ててネット回線を切る。
嘘も方便。冷や汗を拭き拭き、適当にごまかす。

「・・・ったく、定額の無制限コースじゃねーんだもんな。フレッツADSLにしろや。」
しばらくは仕事に専念する。



12時00分。

今日の日記のことが気になりながらも、仕事をこなす。
ところが、ネット中毒というものは中々直らない。
エクセルを開くつもりが、インターネットエクスプローラーをクリックしてしまう。

(ピーピーピー、ガーガーガー、ピーーーー)

この時間は、会社の昼休みを利用して更新したサイトが多いので、これまた楽しみの時間なのである。
それと同時にネタ探しを始める。パクリ元を探すとも言うが。



13時00分。

昼休み。
一日で唯一仕事からもネットからも開放される健康的な時間だ。
今日は寂れた中華料理屋で大盛りチャーハンを食べる。

「フゥー」

これは食いすぎのため息である。



14時30分。

「フゥー」

小さなため息を一発後、ようやく Dreamweaver を立ち上げる。
「さて、今日は何を書こうか。」
滝が日々持ち歩いてるネタ帳も、数ヶ月前から白紙のままだ。
このところ順調に更新し続けてはいるが、実はギリギリのところで踏ん張って書いていたのだ。
「ダメだ、今日こそダメだ。バックレよう。仕事が忙しかったってことにしちまおう。」


15時00分。

とは言うものの、放置できず書き始めてしまう。小心者日記作家の悲しい習性だ。
人間、追い詰められると、最後は本能に身を委ねるというが、どうやら本当のようだ。
滝は己の邪念を捨て、勢いだけで日記を書き始めた。
闘争本能に火の点いた滝は、本能のおもむくままダメっぷりを披露。
フォントサイズをいじくり、カラーも変え、下品ワードを織り交ぜる。
パクリと言われても構わない。著作権なんてクソ食らえ。文中リンクは是か非かなんて知ったことか。
鬼気せまる日記書き。もう誰にも止めることはできない・・・


「フゥー」

これは安堵感である。

大仕事を成し遂げた滝の気分は高ぶっている。
そんなハイテンションの状態で読む自分の作品は、どうしようもなく面白いのだ。


「これなら万人にウケる。間違いない。」

心の中でガッツポーズをする滝。



18時。

仕事を終え、夜の街に消えて行く滝。
明日の朝まではいい夢をみることだろう。今日の朝までのように。




この作品はフィクションです。登場人物と著者とは無関係です。多分。。。

 

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